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最高裁判所第二小法廷 昭和47年(オ)751号 判決

上告人

東田熊蔵

右訴訟代理人

山口幾次郎

被上告人

岡坂庄五郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山口幾次郎の上告理由について。

商人の行為はその営業のためにするものと推定され、商人の営業のためにする行為は商行為となるから、宅地建物取引業者である被上告人が上告人の本件法律事件に関して法律事務を取り扱つた行為は、被上告人の営業のためにするものと推定されて商行為となり、したがつて、右法律事務の取扱につき報酬支払の約定がなくても、被上告人は商法五一二条により上告人に対し相当額の報酬請求権を有するのである。しかし、被上告人の右法律事務の取扱が商行為になるからといつて、直ちにそれが弁護士法七二条に触れるものということはできない。けだし、弁護士法七二条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、かつ、業として、他人の法律事件に関して法律事務の取扱等をすることを禁止しているのであり(最高裁昭和四四年(あ)第一一二四号、同四六年七月一四日大法廷判決・刑集二五巻五号六九〇頁参照)、右の「業として」というのは、反復的に又は反復の意思をもつて右法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるにいたつた場合をさすと解すべきであるところ、一方、商人の行為は、それが一回であつても、商人としての本来の営業性に着目して営業のためにするものと推定される場合には商行為となるという趣旨であつて、商人がその営業のためにした法律事務の取扱等が一回であり、しかも反復の意思をもつてしないときは、それが行為になるとしても、法律事務の取扱等を業としてしたことにはならないからである。そして、原審の適法に確定した事実によると、被上告人のした法律事務の取扱は、本件行為のみであり、しかもそれを反復の意思をもつてしたものとは認められないというのであるから、これを弁護士法七二条に触れるものとすることはできない。そうすると、被上告人の本件行為を商行為であるとする一方、右行為が弁護士法七二条に触れないとした原審の判断は正当である。その他原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官大塚喜一郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官大塚喜一郎の反対意見は次のとおりである。

弁護士法七二条が、弁護士でない者の「報酬を得る目的で」かつ「業としてした」法律事務の取扱等を禁止している規定であることは、多数意見のとおりである。しかし、多数意見が、商人のする法律事務の取扱等が商行為となり、報酬請求権を伴うようなものであつても、そのことから直ちにはその行為を右の「業としてした」ものということはできず、したがつて弁護士法七二条に触れる行為とはいえないとする点には賛成することができない。

思うに、商法五〇三条、五一二条が、行為の回数を問わず、ある行為を商行為としてこれにつき特別な定めをする所以は、その行為に本来の性質上、営利性はもちろん反復性が内在しているためにこれに相応した定めをすることを相当としているからであり、商人のした行為が商行為とされるのも、たとえ一回であつても、その営利性、反復性の故にこれを商行為とし、それに応じた法律上の取扱いをすることを相当するからにほかならないと解される。そうすると、商人のした法律事務の取扱等は、一回であつてもそれが商行為となる以上、弁護士法七二条の関係において、その法律事務の取扱等には営利性、反復性があり、「業としてした」ものに当たるというべきである。また、多数意見引用の当裁判所大法廷判決は、弁護士法七二条に触れる行為の要件として、「業としてした」ことを要するとするに当たつて「同条は、たまたま縁故者が紛争解決に関与するとか、知人のため好意で弁護士を紹介するとか、社会生活上当然の相互扶助的協力をもつて目すべき行為までも取締りの対象とするものではない。」(刑集二五巻五号六九三頁)と判示するが、商行為として報酬請求権を伴うような行為は、右にいう「社会生活上当然の相互扶助的協力行為」とは性質上相容れないのであり、右判決の趣旨に照らすと、むしろ、これを「業としてした」行為と見るのを相当する。

そうすると、宅地建物取引業者である被上告人のした行為中、弁護士法七二条にいう他人の法律事件に関する法律事務の取扱いに当るものは、同条に触れ、上告人から被上告人への右行為の委任も無効であり、これについて被上告人の報酬請求権も生じないと解すべきであるところ、原審が、被上告人の行為中、回答文・答弁書の作成、和解交渉(原判決理由二の(9)、(11)、(12))の各行為は、弁護士法七二条にいう他人の法律事件に関する法律事務の取扱いに当たり、かつ、商行為であるとしながら、一方においてそれは「業としてした」ものでなく同条に触れないとし、右行為について被上告人に報酬請求権を認めたのは、弁護士法七二条の解釈、適用を誤つた違法があるといわなければならない(なお、原審は、被上告人がたまたま知人である上告人から本件業務の処理を依頼された事実を前提として、弁護士法七二条に触れないとしているが、もしこの事実に重きをおくとすれば、むしろ、本件委託業務に対する商法五〇三条二項の推定が破れ、ひいて同法五一二条の適用ができないことになるであろう。)。

よつて、論旨は前述の限度で理由があり、原判決は破棄を免れないところ、弁護士法七二条に触れる被上告人の前記行為を除いて被上告人の報酬額を定めるために更に審理を要するから、本件を原審に差し戻すべきである。

(大塚喜一郎 岡原昌男 小川信雄 吉田豊)

上告代理人山口幾次郎の上告理由

一、原判決は、業者の仲介によつて契約が成立した後、契約当事者間において契約の解釈や債務不履行をめぐつて紛争が生じ、それが争訟性を帯びて来た場合には、これを解決するために相手方と折衝したり、内容証明郵便で契約解除その他の意思表示をしたりすることは、もはや、業者の通常行うことが許される付随的業務の範囲を超え、弁護士法七二条にいう法律事務に属するものというべきである、(中略)控訴人(被上告人)のした前記認定の(9)、(11)、(12)の事務は、業者の通常行うべき付随的事務の範囲を超えた法律事務であると解するのが相当である、と断定した(十一枚目裏(3))即ち被上告人の本件行為が商法五〇三条一項にいわゆる其の営業の為にする行為と言えない訳である。然るに原判決は、商人たる控訴人(被上告人)のした右行為は営業のためにするものと推定されるから(商法五〇三条)反証のない本件においては、控訴人(被上告人)は、右行為についても、商法五一二条により、被控訴人(上告人)に対し、相当の報酬を請求することができるというべきであると断定している(十三枚目表)、右二つの断定は論理上、矛盾している。商人が営業のためにする行為は附属的商行為であり(商五〇三条一項)、商人の行為は、営業のためにするものと推定する(商五〇三条二項)のであるが、本件被上告人(控訴人)の行為が、附属的商行為に当らないと断定した以上は、商法五〇三条二項の推定の働く余地は、完全に排除されているのである。

従つて商法五一二条の適用もあり得ず、報酬請求権の発生の余地がないのである。

原判決は、論理法則を無視し、又は忘れ、商法五〇三条、同五一二条の解釈を誤つた違法なものである。

二、原判決は、本件の場合弁論の全趣旨によれば、控訴人(被上告人)が報酬を得る目的で、右の法律事務を取り扱つたものであることは、認められるが、これを業としてしたものであることを認めるに足りる証拠はなく、と断定した(十二枚目裏)、万一前記の如く、商人たる控訴人(被上告人)のした右行為が営業のためにするものと推定されるものならば、業としてしたものとなると見るのが、論理上、当然のことであらねばならない。而も右の如く、(9)の行為、(11)の行為、(12)の行為と継続的に行為しているのである。そして、また被上告人は、少なくとも時々、本件行為と同じことを他人から頼まれてすることがあると供述しているのである。くり返して行う意思のもとに、なされた行為であるならば、仮りにただの一回だけのものであつても、業としてなされたものと言えること言うまでもないのである。

前記の如く、商人たる控訴人(被上告人)のした右行為は、営業のためにするものと推定されるものならば、当然自然に業務性を帯びている訳である。原判決は、弁護士法七二条の解釈を誤り、また論理法則、経験法則を無視して証拠がないとした違法がある。

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